おくやみ:Kami氏

ミュージシャン、MALICE MIZERのドラムス
1999年 6月21日 没 くも膜下出血により死去

略歴

1998年に新日本プロレスから取材拒否を受け、それ以外にもNOAHやパンクラスといった団体に取材をすることができなくなり、雑誌の方向が定まっていく、当時はPRIDEが大きくなりつつある時期ということもあり、格闘技を積極的に取り上げ、支持者を増やしていく。PRIDE以外にはリングス、格闘探偵団バトラーツ、プロレスリングZERO-ONE ZERO-ONEといった団体が誌面の多くを飾った。しかし、その3団体がいずれも潰れたことから「紙プロがプッシュする団体は必ず潰れる」というありがたくないジンクスを頂戴することとなる。
2005年には発売元をワニマガジン社からエンターブレインに移し、雑誌名を『kamipro』に変更する。
リングスと関係が切れてからの2000年代前半頃は、PRIDEやハッスル (プロレス) ハッスルといったドリームステージエンターテインメント DSE関係の記事が目立つようになり、編集長の山口日昇がDSEの興行に関わりだしたことから「DSEの機関誌」と読者や関係者から呼ばれることも多かった吉田豪「新書評の星座」『ゴング格闘技』2005年10月号、日本スポーツ出版社菊地成孔『サイコロジカル・ボディ・ブルース解凍 僕は生まれてから5年間だけ格闘技を見なかった』白夜書房、2005年、p258.。2006年に山口が編集長を辞任し、ジャン斉藤が2代目編集長に就任している。山口は2007年にプロレスイベントのハッスル (プロレス) ハッスルを運営するハッスルエンターテインメントの代表に就任した。
Wikipediaより