おくやみ:柏木敏夫氏

元セ・リーグ審判部副部長
2003年 2月25日 没 享年71 膵臓がんにより死去

略歴

柏木 敏夫(かしわぎ としお、1931年3月31日 - 2003年2月25日)は、プロ野球審判員で元セントラル・リーグ審判部副部長。旧制明石中学(現在の兵庫県立明石高等学校)卒業後、地元の会社を務めてから1959年セ・リーグ審判部入局し、審判部副部長をつとめた後、1989年引退。セ・リーグ袖番号は20(1988年から1989年引退まで、20は1998年以降土山剛弘がつけている。)。通算出場試合数は3042。オールスターゲームにはよく出場したが、日本シリーズの出場経験はない。 来歴・人物 審判時代は強気の「強権発動」で鳴らし、つまらない野次やルール無知によるクレームはガンとして撥ね付けていた。グランド外でも強気な性格は変わらず、また大変な酒好きであり、飲酒の席で喧嘩となることもしょっちゅうであった。1969年には、喧嘩相手を海に落としたかどで逮捕されたことがある。 特定の監督と抗議をめぐって口論になることが多く、特に近藤貞雄とはたびたび面をつき合わせての怒鳴り合いをしたため、この2人は「犬猿の仲」といわれた。Wikipediaより

訃報

 柏木敏夫氏(かしわぎ・としお=元セ・リーグ審判部副部長)03年2月25日午前9時38分、すい臓がんのため、兵庫・明石市民病院で死去した。71歳。兵庫県出身。1959年(昭34)から31年間、セ・リーグ審判員を務め、3042試合に出場した。通夜は26日午後6時、葬儀・告別式は27日午後1時から、明石市東仲野町4の25、ふれあい会館にて。喪主は長男・政哉(まさや)さん。自宅は明石市山下町2の11。

柏木敏夫氏(元セ・リーグ審判部副部長)がすい臓がんのため死去 より