おくやみ:黒岩重吾氏

作家
2003年 3月7日 没 享年79 肝不全により死去

略歴

黒岩 重吾(くろいわ じゅうご、1924年2月25日 - 2003年3月7日)は日本の小説家。  来歴・人物 大阪市生まれ。父方の祖先は和歌山県新宮市の廻船問屋。旧制宇陀中学(現・奈良県立大宇陀高等学校)、同志社大学法学部卒。同志社大学在学中に学徒出陣し、北満に出征する。 敗戦による逃避行の末、1946年に朝鮮に辿り着き、内地へ帰還した。この時の体験が創作の原点になる。復学後に闇ブローカー業を行い、卒業後は日本勧業証券(現みずほ証券)に入社。 1949年に「北満病棟記」を書き、『週刊朝日』の記録文学コンクールに入選、同人誌「文学者」のグループに参加した。ドッジ政策により株相場で大失敗し、家財を売り払って株の情報屋となり、次いで「証券新報」設立に参加する。 1953年、悪食を試み、腐った肉を食べたことで小児麻痺を発病し、以後3年間入院生活を送る。 退院後は、入院中に株が暴落し、帰るべきところがなくなったために、釜ヶ崎(あいりん地区)のドヤ街に移り住み、トランプ占い、キャバレーの呼び込み、「水道産業新聞」編集長などさまざまな職業を経験する。Wikipediaより

訃報

 直木賞、吉川英治文学賞、菊池寛賞などを受賞した作家の黒岩重吾氏(くろいわ・じゅうご)が03年3月7日午後1時20分、肝不全のため兵庫県西宮市の病院で死去した。79歳。大阪市出身。自宅は西宮市苦楽園四番町13の4。葬儀・告別式は11日午後0時半から、西宮市城ケ堀町1の40、公益社西宮山手会館で。喪主は妻秀子(ひでこ)さん。 61年、大阪・あいりん地区(釜ケ崎)の診療所を舞台にした「背徳のメス」………

黒岩重吾氏(作家)が肝不全のため死去より