おくやみ:小野正一氏

元プロ野球中日ドラゴンズ投手
2003年 3月19日 没 享年69 胃がんにより死去

略歴

小野 正一(おの しょういち、1933年9月30日 - 2003年3月19日)は、福島県いわき市出身のプロ野球選手(投手)。 日本プロ野球歴代13位(2013年終了時点)の通算2244奪三振を記録した、球史に名を残す速球投手。妻は元大映女優の仁木多鶴子。 来歴・人物 磐城高校を卒業、社会人野球の常磐炭鉱、清峰伸銅でプレーしたのち、1956年毎日オリオンズに入団する。入団当初は一塁手も兼ねていたが、野口二郎コーチの目に留まり投手に専念する。2年目の1957年に26勝を挙げ、一躍エース格にのし上がる。 制球の面でやや難があったものの、185cmの長身から振り下ろされる速球と大きなカーブで三振の山を築いていった。1960年には西本幸雄監督の意向によりリリーフを主体に起用され、最多勝利(33勝)、最優秀防御率(1.98)、最高勝率(.750)、最多完封勝利(5完封)の4冠に輝き、打の田宮謙次郎・山内一弘・榎本喜八らとともにリーグ優勝に貢献した。Wikipediaより

訃報

 毎日オリオンズなどでエースとして活躍した小野正一氏(おの・しょういち)が、03年3月19日午後5時55分に胃がんのため東京都千代田区の病院で死去していたことが分かった。69歳だった。小野氏は社会人野球を経て、56年に毎日(現ロッテ)に入団。60年には33勝を挙げて最多勝、最優秀防御率、最優秀勝率の3冠に輝き、リーグ優勝に貢献した。33勝のうち、21勝を救援勝利でマーク。これは日本記録でいまだ………

小野正一氏(元プロ野球中日ドラゴンズ投手)が胃がんのため死去 より