おくやみ:飯田三郎氏

作曲家
2003年 4月24日 没 享年90 心筋梗塞により死去

略歴

飯田 三郎(いいだ さぶろう、1912年(大正元年)12月20日 - 2003年(平成15年)4月24日)は昭和期の作曲家。北海道根室市出身。 初め、独学で作曲を学ぶ。根室商業学校卒業後上京し、作曲を池内友次郎、指揮を山田和男に師事する。 同じ根室出身の高橋掬太郎と組み、「啼くな小鳩よ」、「ここに幸あり」などを作った。故郷を愛し、交響組曲「北国讃歌」等、根室に関連する曲を数多く作った。 根室市図書館には飯田三郎資料展示室がある。 代表曲 クラシック作品 交響的ルンバ「南の誘惑」(1946年、NHK委嘱) 舞踊曲「力の交響」(1953年) 舞踏曲「開拓者の鼓動」(1960年) バリ島組曲(1961年、NHK音楽祭委嘱) 舞踏曲「秘踏ヒマラヤ」(1961年) 舞踏曲「愛情の森」(1962年) 交響組曲「北海道」(1963年、NHK委嘱) 幻想曲「沖縄諸島風物詩」(1963年、NHK委嘱) セイロン島組曲(1963年、NHK委嘱) アイヌの旋律によるピアノと管弦楽のための「アラベスク」(1965年、NHK委嘱) 北国讃歌(1968年)[飯田三郎作詞] 大いなる海(1970年) スレンドロ調とペロッグ調によるピアノとオーケストラ(1973年、日本作曲家協会委嘱) オラトリオ「えぞキリシタンの殉教」(1978年、蝦夷キリシタン研究会委嘱) 合唱と管弦楽による交響的叙事詩「サルオロ(大湿原)」(1989年、釧路湿原国立公園制定記念作品)自ら指揮した録音がキングレコードよりCD化された事がある。Wikipediaより

訃報

 飯田三郎氏(いいだ・さぶろう=作曲家)03年4月24日、心筋こうそくのため死去、90歳。北海道出身。密葬は親族で済ませた。自宅は東京都港区元麻布2の10の5。作詞家の故高橋掬太郎氏とのコンビで岡晴夫の「啼(な)くな小鳩(こばと)よ」や大津美子さんが歌った「ここに幸あり」など数々のヒット曲を作曲した。

飯田三郎氏(作曲家)が心筋こうそくのため死去より