おくやみ:石床幹雄氏

元プロ野球阪神投手
2004年 11月23日 没 享年57 急性心不全により死去

略歴

石床 幹雄(いしどこ みきお、1947年9月10日 - 2004年11月23日)は香川県小豆郡福田村(現・小豆島町)出身のプロ野球選手(投手。右投右打)・料理人。 来歴・人物 1963年に高松商業高校に入学。しかし、同学年で投手は3人という厳しい競争を強いられ、入学してから数ヵ月後、土庄高校に転校する。 2年生の秋に岡山東商業高校との練習試合で登板した石床は、当時すでにプロ候補として知れわたっていた平松政次と投げ合い、完封勝利を収めた。後に大洋ホエールズに入り200勝投手となる平松に投げ勝った無名の投手に、プロ各球団が注目した。特にシュートに威力があった。翌1965年は土井池憲治(立大-大丸)との二本柱で春の県大会初優勝。夏の甲子園県予選を勝ち抜き北四国大会に進むが、準決勝でエース西本明和を擁する松山商に敗退。結局、春夏とも甲子園には出場できなかったが、さらに注目を集め、プロ野球への道が開けた。 1965年から始まったドラフト会議で阪神タイガース最初のドラフト1位に指名され、入団(同期には後に監督となる藤田平がいる)。Wikipediaより

訃報

 石床幹雄氏(いしこと・みきお=元プロ野球阪神投手)04年11月23日正午、急性心不全のため香川県土庄町の病院で死去、57歳。香川県出身。葬儀・告別式は25日午後1時から香川県土庄町甲1360の46の自宅で。喪主は妻和世(かずよ)さん。

石床幹雄氏(元プロ野球阪神投手)が急性心不全のため死去 より