おくやみ:玉川善治氏

日本の芸能プロモーター、芸能プロダクション:人力舎社長
2010年 6月11日 没 享年64 くも膜下出血により死去

略歴

玉川 善治(たまがわ よしはる、1946年12月16日 - 2010年6月11日)は芸能プロモーター、作詞家。お笑い芸人専門の芸能事務所『プロダクション人力舎』の前代表取締役社長。 青森県三戸郡南部町(旧名川町)の農家に生まれる。中学を卒業後、集団就職で1961年4月に上京。自動車部品を作る会社で3年ほど勤めた後に、バーテンダーや看板描きなど職を転々とする。ベッドの訪問販売をしていた19歳のときに、セールスマン仲間の顧客に芸能事務所の社長がおり、芸能人のマネージャーをやらないかと誘われ、業界に入る。1977年、プロダクション人力舎を設立。 2010年6月11日、くも膜下出血の為、東京都中野区の自宅で死去。 プロダクション人力舎所属のお笑い芸人11組で構成されるユニット「ビジトジ」は玉川が作詞家としてデビューするために、組まれたユニットである。 人情に厚く温厚な人物で、B21時代のヒロミが独立したいと相談すると二つ返事で許し、竹中直人が役者をやりたいと相談した時には、“じゃあ、うちじゃない方がいい”と他の事務所に移籍を勧めるなど、タレントのことを親身に考えていた。Wikipediaより

訃報

 玉川善治氏(たまがわ・よしはる=プロダクション人力舎社長)11日、くも膜下出血のため東京都中野区の自宅で死去、63歳。青森県出身。葬儀・告別式は14日正午から中野区中央2の33の3、宝仙寺で。喪主は人力舎副社長の長男、大(だい)氏。 お笑い芸人専門のプロダクション人力舎を昭和47年に設立。アンジャッシュ、ドランクドラゴンなど多くの芸人を育てた。

プロダクション人力舎社長 玉川善治氏死去6.11 より