おくやみ:黒木和雄氏

映画監督
2006年 4月12日 没 享年75 脳梗塞により死去

略歴

黒木 和雄(くろき かずお、1930年11月10日 - 2006年4月12日 )は、日本の映画監督。宮崎県立小林中学校(旧制)、宮崎県立都城泉ヶ丘高等学校、同志社大学法学部卒業。 母親の実家・三重県松阪市生まれ。兵庫県神戸市、宮崎県飯野町(現えびの市)を経て、5歳のときに父の仕事先満州に家族と渡り、少年時代は満州で育つ。1942年日本に戻り、中学から祖父母の住む宮崎県えびの市で育った。高校時代の恩師の勧めで同志社大学に進学。卒業後、岩波映画製作所へ入社。1958年の『東芝の電気車輛』で監督デビュー。その後も主にPR映画を監督するが、火力発電所の宣伝映画でありながら前衛的な表現に訴えた『海壁』(1959年)や『ルポルタージュ 炎』(1960年)、アラン・レネ監督の影響を受けた北海道のPR映画『わが愛 北海道』が異色のドキュメンタリーとして注目される。Wikipediaより

訃報

 青春映画の名作「祭りの準備」や戦争を題材にした「父と暮せば」などで知られる映画監督の黒木和雄(くろき・かずお)さんが12日午後3時43分、脳梗塞(こうそく)のため東京都板橋区の病院で死去した。75歳。

黒木和雄氏(映画監督)が脳梗塞のため死去より