おくやみ:高島嘉右衛門氏

易者、実業家
1914年 10月16日 没 享年81

略歴

高島 嘉右衛門(たかしま かえもん 1832年12月24日(天保3年11月3日) - 1914年(大正3年)10月16日)は横浜の実業家および易断家。父は遠州屋嘉衛門(本姓は薬師寺)。母は「くに」。姉が2人。弟に高島徳右衛門。幼名は清三郎。後に嘉衛門、嘉右衛門に改名。号は呑象(どんしょう)。以下、嘉右衛門を使用する。 明治初期に横浜港の埋め立て事業を手がけたことで横浜の発展に寄与しており、「横浜の父」あるいは吉田勘兵衛、苅部清兵衛らとともに「横浜三名士」ともいわれる。その業績は高島町という地名にも残っている。 実業家 入獄 江戸三十堀間町(現・東京都中央区銀座)に第六子として生まれる。父親の薬師寺嘉衛門は、常陸国新治郡牛渡村出身で江戸に出て材木店「遠州屋」を始めた。兄は皆夭折したため嫡子となる。幼少のころは父の教えに従い、四書五経や六諭衍義などを学ぶ。何度か読めばすべて覚えてしまうほど記憶力はかなりよかったらしい。14歳のころ父の営む材木商兼普請請負業や盛岡藩製鉄事業に従事するようになる。Wikipediaより