おくやみ:尾崎放哉氏
俳人。自由律俳句。「咳をしてもひとり」
1926年 4月7日 没 享年41 結核により死去
略歴
尾崎放哉(おざき ほうさい、1885年(明治18年)1月20日 - 1926年(大正15年)4月7日)は日本の漂泊俳人。本名は秀雄。
鳥取県鳥取市立川町に鳥取県士族で鳥取地方裁判所の書記官・尾崎信三の次男として生まれる。1902年(明治35年)旧制高等学校 第一高等学校(一高)入学。1905年(明治38年)9月より東京帝国大学法学部入学。なお東大在学中にいとこにあたる最愛の女性に求婚も、この女性の実兄で医師の男性より「近親婚は医学的見地から歓迎しない」旨反対されこの女性とは引き裂かれる。しかし、それは放哉の晩年まで続く転落・薄幸の連続だった人生の第一章にすぎなかった。
1909年(明治42年)東大卒業。一高時代より俳句を始め当初は号を芳哉と名乗り、後に放哉と改め、「ホトトギス (雑誌) ほとゝぎす」などに投句。のち、一高時代の先輩である荻原井泉水の主宰する「層雲」の門人となる。同年、東洋通信社に入社。しかし入社僅か1ヶ月で退社。
Wikipediaより
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