おくやみ:朴成哲氏

朝鮮民主主義人民共和国の政治家
2008年 10月28日 没 享年95

略歴

朴 成哲(パク・ソンチョル、박성철、1913年9月2日 - 2008年10月28日)は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の政治家。国家副主席や政務院総理(首相)などの要職を歴任した。 日本統治時代に、慶尚北道慶州市で生まれる。日本の明治大学を中退。1934年4月、満州の抗日パルチザンに参加。1936年、東北抗日聯軍第5軍教導第1隊青年隊員。1937年、第2軍第4師第1団排長。1942年、第88独立狙撃旅団第1大隊第1中隊第1小隊長。のち戦士に降格。 朝鮮民主主義人民共和国成立後、1959年10月に外務相(大臣)に就任し、1970年7月に退任するまで北朝鮮の外交を牽引した。この間、1966年に内閣副首相を兼務。1972年、非公式に大韓民国の首都ソウルを訪問して朴正煕大統領と会談し、南北共同声明発表への道筋をつけた。同年12月に内閣が政務院に改組されると、引き続き政務院副総理に就任した。党務の面では、1964年6月の朝鮮労働党第4期中央委員会第9回総会で政治委員会候補委員(政治局員候補)に、1966年10月の第4期党中央委員会第14回総会で政治委員会委員(政治局員)に選出。Wikipediaより

訃報

 朴成哲氏(パク・ソンチョル=北朝鮮元国家副主席、朝鮮労働党政治局員)朝鮮中央通信によると28日、「長い闘病の末」に死去、95歳。死因は不明。 13年9月2日、現在の韓国慶尚北道慶州市生まれ。30年代から故金日成主席が率いた抗日武装闘争に参加した革命第一世代。50年から53年の朝鮮戦争で最高司令部偵察局長などを務め、戦後は政務院副総理(現在の副首相)兼外相、政務院総理(首相)を歴任し、77年………

朴成哲氏(北朝鮮元国家副主席、朝鮮労働党政治局員) より