おくやみ:久原房之助氏

実業家、政治家、「政界の黒幕」
1965年 1月29日 没 享年96

略歴

久原 房之助 (くはら ふさのすけ、1869年7月12日(明治2年6月4日) - 1965年(昭和40年)1月29日)は、日本の実業家、政治家。衆議院議員当選5回(16、17、18、19、25回総選挙)。逓信大臣、内閣参議、大政翼賛会総務、立憲政友会(久原派)総裁を歴任。 日立製作所、日産自動車、日立造船、日本鉱業創立の基盤となった久原鉱業所(日立銅山)や久原財閥の総帥として「鉱山王」の異名を取った。第一次世界大戦後の恐慌を機に政界へ進出。「政界の黒幕・フィクサー」と呼ばれ、右翼に資金を提供して二・二六事件に深く関与した。戦後はA級戦犯容疑者となり、公職追放となった。 戦後は日中・日ソ国交回復議長などを務めた。また、現在の大東急記念文庫の基礎を築いた。正三位勲一等。萩市名誉市民。 生涯 青年期まで 父久原庄三郎(1840年 - 1908年/天保11年 - 明治41年)、母文子の四男として長州・萩城下の唐樋町(現在の山口県萩市)に生まれた。Wikipediaより