おくやみ:金子宗平氏

元陸上円盤投げ日本記録保持者
2006年 7月31日 没 享年68 膵臓がんにより死去

略歴

金子宗平(かねこ・そうへい、1938年 - 2006年7月31日)は、昭和時代の日本の陸上競技選手。元円盤投日本記録保持者。ローマオリンピック代表・1964年東京オリンピック代表。日本選手権5連覇、日本記録更新7回など、数々の金字塔を打ち立てた日本陸上史に残る名選手である。群馬県沼田市出身。 出身校 群馬県立高崎工業高等学校 日本大学 1955年、第2回インターハイで優勝 1957年、パリ・ユニバーシアードに出場。日本選手団の旗手を務めた。また、この年に初めて日本選手権で優勝。以後1961年まで5連覇。 1958年、46m49の日本新記録を樹立。以後6回にわたって日本記録を更新した 大学卒業後、リッカーミシンに入社。 1959年、東日本実業団選手権で45m71をマークし優勝、砲丸投も12m59で制す。以後1961年まで3連覇 1960年、ローマオリンピックに出場。予選で敗退 1962年、ジャカルタで開催された第4回アジア大会に出場。銅メダルを獲得した 1963年、50m92を投げて東日本実業団選手権を再び制す。Wikipediaより

訃報

 金子宗平氏(かねこ・そうへい=元陸上円盤投げ日本記録保持者)06年7月31日午前5時50分、すい臓がんのため、前橋市の病院で死去、68歳。群馬県出身。自宅は群馬県渋川市半田3463。葬儀・告別式は8月3日午前11時から渋川市行幸田11の1、あじさい聖苑で。喪主は妻初枝(はつえ)さん。57~61年の日本陸上選手権円盤投げで5連覇し、64年東京五輪に出場。息子の宗弘氏は陸上十種競技の日本記録保持者。

金子宗平氏(元陸上円盤投げ日本記録保持者)がすい臓がんのため死去より