おくやみ:高柳敏夫氏

日本将棋連盟元副会長
2006年 9月5日 没 享年86 急性呼吸不全により死去

略歴

高柳 敏夫(たかやなぎ としお、1920年2月20日 - 2006年9月5日)は将棋棋士。名誉九段。棋士番号31。東京都出身。金易二郎名誉九段門下。 名伯楽として知られ、中原誠十六世名人をはじめ多数の棋士を育てた。田中寅彦は、大阪出身であるにもかかわらず、高柳一門は名門であるから門戸を叩いたという。 日本将棋連盟副会長を通算2期、常務理事を1期務めた。 師匠・金名誉九段の娘と結婚している。 順位戦A級に4期在籍したほどの実力者でありながら、B級1組からの陥落が決まった1963年に43歳の若さで現役引退する。引退後は観戦記の執筆や弟子の育成に力を注いだ。 第1期王将戦で升田幸三が木村義雄を相手に香落ちの指込みに持ち込んだ陣屋事件では「玉音放送より衝撃だった」と語っている。 競馬や競輪のファンで、小畑正雄らと親交があった。 1989年、第1回将棋ペンクラブ大賞受賞。 1994年、勲五等双光旭日章受章。 2006年9月5日、東京都目黒区の病院で急性呼吸不全のため死去。享年86。 棋風 筋や定跡とは異なる、奇抜な手を使った指し回しが多かったため、「異常感覚」あるいは「新感覚」の持ち主といわれた。Wikipediaより

訃報

 高柳敏夫氏(たかやなぎ・としお=将棋名誉9段、日本将棋連盟元副会長)06年9月5日午前3時2分、急性呼吸不全のため東京都目黒区の病院で死去、86歳。東京都出身。32年、金易二郎名誉9段門下となり、42年に4段。50年に8段となり、63年に引退。92年に名誉9段。中原誠永世十段を育てた。

高柳敏夫氏(日本将棋連盟元副会長)が急性呼吸不全のため死去より