おくやみ:奈良光枝氏

歌手
1977年 5月14日 没 享年53 がん性腹膜炎により死去

略歴

奈良 光枝(なら みつえ、1923年(大正12年)6月13日 - 1977年(昭和52年)5月14日)は、昭和時代の歌手。本名は佐藤 みつえ。美貌の歌手として知られた。 青森県弘前市出身。弘前高等女学校(現:青森県立弘前中央高等学校)卒業後、兄の学友であった作曲家の明本京静の薦めで東洋音楽学校に進学。病弱であったためクラシックやオペラを断念し、この事を明本に相談したところ、「マイクロフォンを使う歌手なら大丈夫」と助言を受け、1940年(昭和15年)3月、コロムビアのテストに合格し、16歳で専属歌手となる。同年6月に「胡弓哀歌」を吹き込むが、検閲により発売禁止になる。二作目の「南京花嬌子」で流行歌手としてデビューする。目立った作品は少なく、軍の病院などを慰問する生活中心であった。1942年(昭和17年)、ヒットがでない娘の将来を憂いた父親の嘆願で、作曲家の古賀政男門下となってから、藤山一郎とデュエットした映画「青空交響楽」の主題歌「青い牧場」が初ヒット。Wikipediaより