おくやみ:大谷一二氏

サッカー日本代表元選手、東洋紡績株式会社元社長
2007年 11月23日 没 享年95

略歴

大谷 一二(おおたに いちじ、1912年8月31日 - 2007年11月23日)は、兵庫県出身の元日本代表サッカー選手、東洋紡績元会長・名誉顧問。サッカー記者の大谷四郎は実弟。 旧制神戸一中時代には右近徳太郎とコンビを組み全国制覇を達成。旧制神戸商業大でも弱小チームを率いて関西学生リーグ優勝を果たす。川本泰三と並ぶ当時日本最高のFWであったにもかかわらずベルリン・オリンピック代表に選ばれなかったのは、東西の蹴球協会の確執によるものと言われている。 卒業後、東洋紡績に入社。1974年から社長、1978年からは会長も務めた。2007年11月23日、老衰のため死去。享年95。 所属クラブ 兵庫県立第一神戸中学校(現・兵庫県立神戸高等学校) 兵庫県立神戸高等商業学校(現・兵庫県立大学) 神戸商業大学(現・神戸大学)  代表歴 出場大会 第10回極東選手権競技大会(1934年) 試合数 国際Aマッチ 3試合 1得点(1934) 出典 ==。Wikipediaより

訃報

 大谷一二氏(おおたに・いちじ=元東洋紡社長)23日、老衰で死去。95歳。告別式は近親者で済ませた。

大谷一二氏=元東洋紡社長 (11月26日) より