おくやみ:真部一男氏
棋士
2007年 11月24日 没 享年55 転移性肝腫ようにより死去
訃報
真部一男氏(まなべ・かずお=日本将棋連盟棋士八段、本名池田一男=いけだ・かずお)24日、転移性肝腫ようのため死去、55歳。葬儀・告別式は近親者のみで行い、後日お別れの会を予定。 73年四段(プロ)となり、88年八段。順位戦のA級リーグに2期在籍。病気療養のため11月1日から長期休養していた。
関連ブログ記事
将棋世界「私はだあれ?」2000年版 - 将棋ペンクラブログより
... 正解:佐藤康光九段 NHKで放送された1981年「こども将棋名人戦」表彰式後の写真で、この時、佐藤康光九段は3位で、2位が中井広恵女流六段。 当日の解説は、和服姿の真部一男八段(当時)。
女流棋士行きつけ・おすすめの店[里見香奈女流二冠編] - 将棋ペンクラブログより
... (以下は1997~2000年のいずれかの近代将棋より) 東京では、故・真部一男九段、青野照市九段、小林健二九段、鈴木輝彦八段、武者野克巳七段など、大阪では森信雄七段など、が塾生だった。 千駄ヶ谷での話になるが、持ち時間が長かった当時 ...
?(えい)人間讃歌<第22号>特集:矢倉の変遷(将棋シリ ... - 古本ぺんぎん堂より
... 「矢倉の変遷」(構成:八段・米長邦雄) 序章 矢倉とは(米長邦雄) 第一章 4六歩―6四歩型(真部一男) 第二章 5六歩―6四歩型(沼春雄) 第一章 4六歩―6四歩型(田丸昇) 腰掛銀戦法の変遷(桐谷広人) ・永世名人の対談シリーズ ...
... 力戦振り飛車党 戦いの中に形あり 武市三郎六段 振り飛車党裏ワザ派異能棋士 飯野健二七段 なんでもござれの振り飛車党 真部一男八段 2度目の春が 櫛田陽一六段 振り飛車党・尽きせぬ探究心 大内延介九段 第2章 振り飛車の系譜 ...
第35期棋王戦予選▲佐藤慎一四段-△石川陽生七段 - お仕事ブログより
... 「ええ、真部一男九段の扇子です。子供スクールの講師をしている繋がりで、真部門下の小林宏六段に頂きました。三段リーグはこれを使って勝てたので、対局で使おうと思って」。 佐藤が見せてくれた扇子には欣求棋道と揮毫されている。 ...
第35期棋王戦予選▲佐藤慎一四段-△石川陽生七段 - お仕事ブログより
... 「ええ、真部一男九段の扇子です。子供スクールの講師をしている繋がりで、真部門下の小林宏六段に頂きました。三段リーグはこれを使って勝てたので、対局で使おうと思って」。 佐藤が見せてくれた扇子には欣求棋道と揮毫されている。 ...
昨日11月24日は故・真部一男九段の命日。 今日は真部一男九段の飲みっぷりについて。 真部一男九段は、将棋世界1998年10月号「将棋論考」で、こう書いている。 「私の酒は終点がないのである。お開きとなるのが無性に寂しいので、深夜 ...
... それどころか、真部一男みたいな「夭逝」「早過ぎる訃報」を随分と聞いた気がする。 「それだけ将棋の棋士は命を削る試合をしているのだ!」と言えなくもないが、どうも信じられない。というのは、囲碁の世界ではそんな話はないからだ。 ...
... 王位と宮田敦史五段の7年前のエピソード。 将棋世界2002年10月号、故・真部一男九段「将棋論考」より。 真部九段は、前の年の10月に四段に ... 「将棋論考」を読み直してつくづく感じることだが、真部一男九段が亡くなったのはあまりにも惜しい。
... 副師範が真部一男四段であったことから、将棋大会の審判長は真部一男四段が任命された。 コマ劇場の前の広い通りに盤が20面ほど並べられ、通行人の誰でもが参加できる会。 「 私の役割は中央に置かれた事務用のイスに腰かけて ...











