おくやみ:内田朝雄氏

俳優
1996年 9月30日 没 享年76 胃がんにより死去

略歴

内田 朝雄(うちだ あさお、1920年(大正9年)8月1日 - 1996年(平成8年)9月30日)は、日本の俳優。息子は俳優の内田岳志。 来歴・人物 日本領朝鮮(現・朝鮮民主主義人民共和国)平壌に役人の子として生れる。平壌府第一中学卒業後、満州炭鉱傘下の東満和竜炭鉱に入社。1941年(昭和16年)に応召し、終戦を仁川で迎え、1945年(昭和20年)に復員。翌1946年北海道開拓公社に入社し、江別市で開墾事業に従事した後、長野県上水内郡の飯綱高原に入植するが、1950年(昭和25年)、地元の人間との意見対立から同地を引き払う。1951年(昭和26年)には宇部興産大阪支店セメント課に入社。 1952年(昭和27年)、会社員生活のかたわら、劇団「大阪円形劇場・月光会」を旗揚げ。 1958年(昭和33年)、「やる気十分の割に、学歴がなく不遇だった実業界」に見切りをつけ、宇部興産を退社。劇団活動および俳優業に専念する。 1959年(昭和34年)、39歳でNHKテレビに初出演。同年、『花のれん』で映画デビュー。 1961年(昭和36年)、宝塚映画専属となり、多くの作品に脇役で出演。Wikipediaより