おくやみ:山田卓氏

振付師
2007年 11月2日 没 享年76 多臓器不全により死去

略歴

山田 卓也(やまだ たくや、1974年8月24日 - )は、東京都町田市出身のサッカー選手。ポジションはMF(ボランチ、右ウイングバック)、DF(右サイドバック)。 東京ヴェルディ在籍時はチームキャプテンを務めた。また、2003年12月7日の東アジアサッカー選手権2003の香港代表戦で日本代表として初出場した。 2005年に東京VのJ2降格が決定後も、山田は東京Vに残ることを前提に、他クラブからのオファーがあれば評価は聞いてみたいというスタンスであった事を本人ブログにて表明、結果的に2006年セレッソ大阪に移籍。 C大阪では、塚田雄二監督(当時)の信頼を獲得し、リーグ前半では主にボランチで視野の広さを生かしたゲーム・メイクを披露。だがチームは低迷し、山田自身の長期離脱もあり、結局J2に降格。シーズン終了後に退団。その後、オーストラリアのアデレード・ユナイテッドFCや、平野孝とメジャーリーグサッカー・ニューイングランド・レボリューションの練習に参加。Wikipediaより

訃報

 山田卓氏(やまだ・たく、本名・たかし=振付家)2日、多臓器不全で死去。76歳。告別式は近親者で行った。後日しのぶ会を開く。喪主は妻、一子さん。  宝塚歌劇団、劇団四季など幅広いジャンルで振り付けを担当。日本振付家協会会長、日本ジャズダンス芸術協会相談役も務めた。

山田卓氏=振付家 (11月9日) より