おくやみ:中村浩道氏

元プロ野球パ・リーグ審判員
2007年 4月6日 没 享年72 くも膜下出血により死去

略歴

中村 浩道(なかむら ひろみち、1935年10月27日 - 2007年4月6日)は、元プロ野球審判員、野球解説者。鹿児島県鹿児島市出身。審判員袖番号は18(1977年初採用 - 1990年引退まで、※1991年以降はその年採用の山村達也が引き継ぐ)。 来歴・人物 川内高校、早稲田大学を卒業後、1964年にパシフィック・リーグの東京審判部に入局し1990年の引退まで審判をつとめる。一軍2000試合以上に出場し、オールスターは3回出場した。1990年に定年年齢到達に基づき引退したあと数年間は東京審判部の指導員をつとめた。 張本勲が3000本安打を達成した試合で球審を務めた。 英語が堪能で、米国の野球事情に精通した審判員であった。現役審判時代の80年代シーズンオフには渡米、アメリカ審判学校に入校した経験もあり、常に最新の審判技術を日本へ導入しようとしていた。1970年代半ばから、当時としては珍しいインサイドプロテクターを使用していた。 また、現役時代からNHK・BSのメジャーリーグ解説者、週刊ベースボールのレギュラー執筆者という、珍しい経歴をもっている。Wikipediaより

訃報

 中村浩道氏(なかむら・ひろみち=元プロ野球パ・リーグ審判員)07年4月6日午前6時28分、くも膜下出血のため熊本市の病院で死去、71歳。鹿児島市出身。自宅は熊本市。葬儀・告別式は8日午後1時から熊本市健軍2の21の14、神水斎場別館で。喪主は妻恵代(やすよ)さん。

中村浩道氏(元プロ野球パ・リーグ審判員)がくも膜下出血のため死去より